古民家は土地の記憶〜技は時のなぎさへ。古民家を取り巻く時代背景と古民家用語
古民家はその土地土地で造り方が違うことをご存知ですか?気候風土や採れる材、地場の大工さん、左官屋さん、瓦屋さんがその土地の香をつけながら技を成熟させてきました。 そう考えると、古民家は土地の記憶ですが、その記憶は時代とともに失われつつあるようです。 ここでは、そんな時代背景にも触れながら古民家用語をご紹介します。古民家に興味がある方、また実際に古民家再生や古民家リノベーションをお考えの方はぜひご参考ください。古民家用語を知っていれば、古民家の見方が変わるし、大工さんとの打ち合わせもスムーズになるかもしれませんね!
日本の古民家でよく見られる続き間
古民家とは?
古民家の定義ははっきりあるわけではありませんが、主に大正時代以前に伝統構法(軸組工法など)で建てられた家を指します。
古民家用語
古民家再生・古民家リノベーション・古民家リフォーム
明確な定義はありませんが、古い梁や柱を活かし昔の技を用いて強度を考慮しながら屋根や間取り、土台などを大幅に作り替えるのが古民家再生、構造材の大幅な変更を伴わず部分的に改修するのが古民家リノベーション、古民家リフォームと使い分けされているようです。
大黒柱
古民家といえばケヤキの大黒柱がよく知られます。家の象徴としての役割を持ち、当時はまず大黒柱を建ててからお建前を行ったそうです。 玄関の土間を入ると大黒柱を斜めから眺められるように配置されているのも特徴です。カメラも、人物や顔に対して斜めに構えて撮ることがありますが、大黒柱にも美しく見える角度があるようです。
つやのある大黒柱
柱
大黒柱以外にも複数の柱が古民家を支えます。それらはケヤキやクリ、サクラ、ヒノキなど目が詰み堅く、シロアリに食べられにくい材が使われます。古民家が何百年と住み続けることができるのは、こんな強い柱のおかげでもあります。
クリの柱
梁・桁(けた)
梁は柱同士や梁・壁の間を水平に繋ぐ材で、屋根や2階の床を支える構造材です。曲がり松がよく使われるのは、松ならではの粘りを活かすため、そして曲がりを上にしてさらに強度を増すためです。 桁とは梁と直交して組まれる材です。
差し鴨居(さしがもい)
差し鴨居は襖(ふすま)の上、柱と柱の間の水平に渡される縦幅の広い材です。一般の鴨居とは意味が違い、材自体が家の免震に大事な役割を果たします。
長ほぞ差し・鼻栓・込み栓
柱に差し鴨居などを貫いて組むことを『長ほぞ差し』といい、釘を使わずに材と材を繋ぎます。柱から出ている差し鴨居のほぞを貫通するクサビを『鼻栓』、上側で柱に向かって打つ太めのクサビは『込み栓』と呼び、地震がくると揺れを受けてこの部分がきしみ、揺れを受け止めながら元に戻ろうとします。古民家ならではの仕掛けのひとつです。
貫(ぬき)
壁などを作るとき柱と柱の間に渡す細めの材です。伝統構法では、貫は水平に入り、筋違いは入らないのが特徴です。
大引(おおびき)、根太(ねだ)
束石(地面に置かれた石)と床束(その石の上に立つ短めの材)に支えられるのが大引です。大引に交差する形で置かれ、畳などの床材を直接支えるのが根太です。大引にはもともとは別の場所で使われていた材が再利用されることがよくあります。100年前も、そのまた100年前の古材を再利用していたようです。
大引と根太
そのまた昔に再利用された大引
構造材
構造材とは建物を支える構造体となる材のことで、免震上大事な役目を持ちます。古民家の構造材は、梁、柱、差し鴨居、土壁などで、逆に構造材ではない部分は、床板、天井板、ひさしなどです。 構造材は簡単に取り去ったり、切断したりできないため、どれが構造材なのか知っていると、リフォームの際にどこまでを変えられるか大まかにイメージしやすく、大工さんとの打ち合わせがスムーズになるかもしれません。
石場建て工法(いしばだてこうほう)
古民家は前述のように柱自体は石に固定されておらず乗っているだけ、柱同士は差し鴨居、梁、桁、貫、大引などとホゾを介してつながる構造をとります。これを石場建て工法といい、古民家の一般的な技法です。
柔構造、免震構造
石場建て工法により、地震で古民家が揺れると接合部分の材同士がきしみながら粘りを発揮し、揺れを逃がして倒壊しにくいという免震構造になっています。これを柔構造といいます(現代建築はこの反対で、剛構造と呼びます)。その様子はYouTubeなどで観ることができますが、まさに驚きの光景です。 柔構造は最近の地震対策でも再評価されつつあり、一部の工務店では石場建て工法を現代風にアレンジして取り入れるところも現れてきています。
瓦屋根、茅葺き屋根
古民家の屋根は瓦葺や茅葺きが一般的です。もともとはその土地でとれる茅(ススキやアシ、チガヤなど細く長く立ち上がる植物の総称)を葺(ふ)く茅葺き屋根が主流でしたが、より耐久性が高く耐火性もある瓦屋根が明治時代以降一般民家に広がりました。
古民家の屋根の構造
古民家の屋根の構造には大きく分けて3つあります。切妻、寄棟、入母屋です。瓦屋根には切妻か入母屋が多く、茅葺き屋根には寄棟か入母屋が一般的です。ただし、白川郷の合掌造りは茅葺きなのに切妻と珍しい例です。
切妻
入母屋
寄棟
鬼瓦・軒丸瓦
瓦職人の中でも専門に鬼瓦を作る職人さんを鬼師(おにし)と呼びます。その土地土地の瓦屋さんが鬼瓦も作ってきた歴史があり、たとえば山梨県北杜市明野町の元瓦屋さん宅では、今もこのような立派な鬼瓦を見ることができます。同業の職人さんも息を飲む迫力です。もちろんここまででなくても、今も鬼瓦は和風建築に残っています。
竜が配された鬼瓦
軒丸瓦(のきまるがわら)は瓦の下端部分に配置する丸い瓦のことで、日本の伝統的な模様である巴(ともえ)が描かれてきました。巴は水が渦を巻くような模様で水を連想させ、屋根に置くことで防火、火除けの意味があったと言われます。
巴紋のある軒丸瓦を巴瓦とも呼ぶ
大壁、真壁(しんかべ)
柱を覆い隠して漆喰壁などを作るのが大壁、柱を見せて柱の間に漆喰壁などを設けるのが真壁です。古民家の壁は多く真壁で、お蔵やお城は大壁であることが多いようです。
真壁
なまこ壁
街を歩くとよく見かけるなまこ壁。特に西日本から中部地方でよく見られる日本古来の壁塗りの一つです。黒い部分は平瓦で、耐火性を増します。瓦と瓦の間に漆喰をあえて盛り上げて塗ることでこのようなデザインが完成しますが、まさに日本の美意識の表出といえるのではないでしょうか。
土間
土間とは、地面と同じ高さの、家の中にあるが土足で入る空間です。屋内と屋外の中間に位置し、昔は大切な生活導線でした。土間の地面は、三和土(たたき)、コンクリート、珪藻土などで仕上げられます。三和土と書いて「たたき」とは変わった読み方ですが、たたき土・石灰・にがり(苦汁)の3つの材料を混ぜて練るのが語源とのことです。
竈(かまど)・囲炉裏(いろり)
料理や炊飯のため土間に作られるのが竈、室内に設けられるのが囲炉裏(いろり)。竈がまだ残っている古民家は稀でしょう。というのは、ガスが普及して久しいため、多くの古民家でガスへの切り替えとともに竈が撤去されたからです。 竈や囲炉裏から出る煙や煤(すす)はやがて梁や天井を黒く燻し、材の防虫効果を引き出します。
畳
畳は日本固有の伝統的床材です。歴史は奈良時代まで遡りますが、一般の民家に広がったのは江戸時代後期と言われています。
縁側(濡れ縁・くれ縁・落ち縁)
外作業の格好のまま腰掛けて一息ついたり、近所の人とお茶を飲んだりする縁側は、日本人によく知られた建築構造です。縁側には種類があり、外に置かれる一般的な縁側が濡れ縁、家の中に置かれる縁側がくれ縁(その中で幅の広いものを広縁)、濡れ縁よりも一段落ちて地面に近い高さで作られる縁側が落ち縁です。
落ち縁(手前)と濡れ縁(奥)
沓脱ぎ石(くつぬぎいし)
沓脱ぎ石とは、縁側や家にあがる箇所の手前の地面に置き、靴を脱いだり、踏み台にしたりする石です。日本人は結界・境目を意識し、厄災や穢れ(けがれ)を内に入れない思想が昔から根付いています。道祖神や鳥居、盛り塩、敷居などももともとは境目を意味するものですが、この沓脱ぎ石もまた内(ウチ)と外(ソト)という境目をまたぐ儀礼的な意味を持っていたと言われています。
沓脱ぎ石
続き間・続き和室
農家などの古民家で多いのが、田の字型の間取り。ふすまを取り払うことで、複数の部屋がひと続きになる空間を続き間、続き和室と呼びます。
光と影、陰影
谷崎潤一郎はその著書「陰翳礼賛」の中で、庶民の住居は傘のように大きな屋根の下の薄暗い陰影を作り、その中に家づくりをしてきた、という趣旨の文章を書いています。西洋が家の中をなるべく明るくし陰影を遠ざけるのに対し、古来から日本は陰影を活かし、光と影を使い分けることで、侘び寂びなどの美意識を形成してきたというのです。たしかに古民家の家の中は暗いですが、障子や書院、欄間(らんま)などは採光を凝らす仕掛けとも言えます。 一方で、LEDの今の時代、先人が築いた陰影の技巧が今も受け継がれているかというと難しいところもあり、改めて古民家の技の継承の難しさを思い知らされます。
軒下
縁側があったり、用水が流れていたりします。地域によっては、大根を干したり、干し柿を干したり、生活の色が見えるのが軒下の特徴です。新潟県の村上市では、特産の鮭が軒下にずらりと干してある風景が有名です。
碍子(がいし)
碍子とは電線などを柱や梁などの支持物から絶縁するための絶縁体です。磁器で作られる碍子は、電気が導入された当時、よく使われました。その味わいから古民家ファンはあえてこの配線を活かす場合もあります。
化粧された石材
家の土台や犬走りなどに使われた化粧石。地域色が出る部分のようですが、当時の石工がノミだけで刻んだ化粧石には格段に味わいが感じられます。現在、このような化粧をノミで施す技は継承されているのでしょうか。
石工により手刻みされた石材
鍾馗(しょうき)
鍾馗とは、魔除けのために大屋根や小屋根の軒先に置かれる瓦製の像(近畿から中部にかけて)。役目は鬼瓦と似ていますが、鍾馗は五月人形として飾ったり、掛け軸や旗などにも描かれることもあります。
お蔵・土蔵(どぞう)
土蔵は、お米や蚕の繭、お酒、貴重品など大切なものを保存するための倉庫として使われてきました。壁の厚みは25cm以上あり、火事が起こっても蔵まで延焼することは少なかったと言われています。厚い土壁ゆえ、調湿・恒温効果にも優れ、蔵に入ると夏はひんやりするほど。 古民家再生の際に、蔵の部材を母屋の中に持ち込んで活かすケースもあるそうですが、日に当たらないところで長年お蔵を支えた梁や柱は新築のリビングで独特の艶と存在感を放つようです。
御神木(ごしんぼく)
古民家用語ではありませんが、敷地内にご神木がある古民家もあります。神社の境内などに祀られたご神体としてのご神木が一般的ですが、地域の小さな神社や民家の敷地で長年伐採されずに大事にされたご神木も多くあります。 ご神木の樹種は杉(すぎ)、梛(なぎ)、榧(かや)、楠(くす)、檜(ひのき)であることが多く、いずれも大樹になります。
山梨県北杜市白州にある榧(かや)の大木
古民家に住みたい場合〜賃貸、購入など
古民家に住みたい場合、賃貸か購入の方法があります。いずれの場合も、物件の探し方は以下が主流です。
・市町村のHPに掲載されている「空き家バンク」で探す。
・不動産屋さんに問い合わせたり、HPに掲載されている物件を探す。
さらに、住みたい地域が決まっているなら、まずは賃貸住宅やシェアハウスを借りてその地域に住んでしまい、そこから地元とのつながりを作って古民家の物件を紹介してもらうというケースもあります。この場合のメリットは、空き家バンクなどにも出ていない物件に出会えることと、そしてその地域の良さを知った上で古民家を探せる点です。
古民家の地域性〜技の記憶は時のなぎさへ
古民家は実はその土地土地で造り方が違うことをご存知ですか?気候や採れる材、地場の大工さん、左官屋さん、瓦屋さん、茅葺き屋さんが何百年もかけてその土地の香をつけながら技を成熟させてきました。それはまさに土地の記憶。形は単に実用性だけでなく、デザインや美意識も叶えてきました。 そんな実用性とデザイン性を備えた技は、昭和の中期から次第に途絶えつつあり、今はごく一部の宮大工さんが受け継ぐだけとも言われています。 「今の時代、新たに古民家を建てることはできない」そう言われるのは、このように技の継承が途絶えたこともありますが、それ以外にも理由があります。それは部材の希少性。ケヤキの太い材やクリ材など古民家を建てるのに必要な材がもう手に入らないため、当時の建築ができないのです。その材を使いこなす道具と技感覚もおのずと消失していきます。土地の記憶は、海辺の砂のように次第にその形を失っていくようです。
以上、古民家用語と古民家を取り巻く時代背景の解説でした。
「先祖から引き継いだものだから」、「となりのトトロに出てくるような古い家に住みたいから」等理由は様々でしょうが、もしもあなたが古民家に住んでいるなら、あるいはこれから住むのなら、次の世代に文化を引き渡す大事なバトンを持っているのかもしれませんね。
Article written by ヒノキブンコ